はんこのエピソード

皆様から寄せられた、はんこにまつわるエピソードをご紹介しています。

「父」 35歳 主婦
去年、父が他界しました。昔気質のガンコな人で、よく母を困らせていました。 私や弟にも厳しく、小さかった頃はよく庭に放り出されたりしましたが、それもいい思い出なのかも知れません。 先日、実家の納戸で探し物をしていたら、古い木箱が出てきました。それはどうやら父の物らしく、若き頃の写真などと一緒に、私達が父の日に贈っていたのであろう「似顔絵」や「肩たたき券」が大事そうに入っていました。そして一番下に、定期預金通帳とハンコが私と弟の名義で2組出てきました。私は、固まってしまいました。感動と同時に複雑な思い・・・・。 ・・・・・・・・いったい、いつ渡してくれる予定だったのでしょうか?私も弟も結婚し子供もいます。 今思うと、私達も大きくなるにつれ、父の小言を聞き流し、なかば会話も無視するような接し方をしていました。そんな中、渡してくれるタイミングを失ったのでしょうか?不器用な父の愛に家族3人で、くすくす笑いながら泣きました。 |
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「名前」 22歳 主婦
子供ができました。まだ、お腹の中だけど・・・。
ダンナと名前を考えています。なかなか良いのが思い浮かばないよ。
私の名前って平凡なのよねぇ。昔からずっと嫌いだった。
早くに親を無くし、人生とやらに迷い、人に言われて改名をして印鑑を作ったりしたこともあります。
でも、自分が子供の名前を考えるようになって、思い直しました。
親からもらった大切な名前だったのです。こんな簡単な事なのになかなか気づけませんでした。
今の幸せが改名の効果?だとは思えないし、むしろ遠回りだったような気さえします。
もし自分の子供がそうしたら、改名では解決にならないよ とアドバイスしよう。
私の親がもし生きてたら、そう言ってくれたハズだと思います。 |
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「母から娘に引き継ぐこと」 24歳 主婦
結婚して2年目に子供ができた。 子供が生まれると生まれてすぐのお祝いだのお正月だのでお祝いの品やお金をいただくことが多かった。 お祝いの品に関しては、おもちゃや洋服がほとんどだったので すぐに使わせてもらった。 しかし、お金の扱いには少し戸惑いを感じた。 親としては大変ありがたいのだが、これはあくまで子供のためにといただいたもの。 これで子供のものを買うとはいうものの、お財布にいれてしまうとごっちゃになってしまいそうだった。 それでは子供にもくださった方にも申し訳ないなと思い、子供の口座をつくることにした。 そのためにまず、子供専用のはんこをつくってやった。 出来上がったはんこと通帳を手にした時は、「ああ、親になったんだなー」と実感した。 お嫁に行っても使えるようにと、少し奮発して、名前だけのはんこ。 あの時、私の母がそうしてくれたように・・・。 |
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「最近の若いやつは、、、ってヤツ」 38歳 元新人類
いまは昔、我が社にやってきた新人社員総勢約50名。その中でも、ひときわ目立つ女の子がいた。 髪の色は、ちょっと茶色すぎるんじゃないか?ってな茶色。持ち物はブランド品ばかりで化粧も派手め。 部内の新人歓迎会では、途中で帰っちゃうような新人でした。
ところが・・・研修を終えて配属されたのは、よりによって私の営業補佐!!。こりゃあ、なんだか忙しくなりそうだと思っていたら、意外や意外。仕事はテキパキこなし、私の不在時の対応や、来客時の段取りもほとんど完璧でした。 その中でも印象的だったのは、内部文書で社員全員の印鑑が必要になったときの事。 書類がまわって来た時に彼女は、ブランドバッグの中からキャラクター物のポーチを開き、印鑑ケースを取り出して、パチンと開き、ポンって押した。その一連の動作は、「かぁっこいいー!」。正直やられてしまった。その立派な印鑑の横には上司である私の貧相な印鑑が、かすれて押してあった(笑)。すぐに作り替えたのは言うまでも無い。 いま、彼女はどうしているかというと、すぐそこで夕食の後片付けをしている。 ・・・・・相変わらすテキパキと・・・・・。 |
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「母の横顔」 28歳 OL
先日電車に乗っていた時のこと。 なんとなく聞こえてきたおばさん達の会話・・・、「今度うちの息子、就職でしょ。それでハンコ作ってやったのよー。息子のぶんつくっちゃったから、お姉ちゃんのも頼んでやんなきゃならないかしら・・・なんて思って注文しちゃったの。うちの娘ったら、もう働いてるし、24にもなるんだけどねー。どうせ当たり前って顔されちゃうんだろけど・・・」 と言いつつ、おばさんの目が笑っていた。 思わず、田舎の母の顔を思い出す。無性に母に会いたくなった。会ってひとこと言いたい。「あの時のハンコ、ありがとう。」と。 |
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「指輪より、大切なもの!?」 28歳 女性
約1年前のことです。 彼に呼び出されて、あるレストランに行きました。当時の私たちは、交際歴2年のごく普通の恋人同士でした。お互いに年齢的にも結婚を意識し始めたころで、でもお互いになかなか言い出しづらい状況だったと記憶しています。
なんだか今日は「いつもとなんか違うな?」と私は、感じながらもレストランに到着しました。先に来ていた彼の顔も、いつもとは違い、ちょっとコワバッテル様子(^^)・・・・。他愛もない話をしながら一通りの食事のコースを終えて、私は直感的に「さあ、プロポーズしてくれるんでしょ」と思い、最後のデザートをパクついてました。モゾモゾしながら、彼は小さなベルベット張りの箱を私に差し出し、「これで恋人関係を終わりにしよう」を言いました。 ??? 「あーナルホド、恋人じゃなく、夫婦になろうという事を、演出して言ったんだな!」と思い、 そして、この箱の中身は指輪だと思いました。 いま思うと、恥ずかしいぐらいに私は、ノボせ上がっており、「えっ・・・」とか言いながら、私は箱を受け取り、開けました。(演技しすぎ) ???でも??? 私の予想を反して、そこには印鑑が入っていました。「彼の苗字に、私の名前」が彫ってあると、彼に聞かされ、彼の気持ちやこれからの私たちの状況が頭の中にドンドンと駆け巡って、情けなさ?と恥ずかしさ?嬉しさ?で、私は涙が止まりませんでした。
そうなのです。夫婦別姓や女性の自立がさけばれるなか、私は、その主張を支持しながらも、彼の朴訥な思いに一発逆転されてしまいました。愛は、何よりも強いのです。
(ノロケすぎですか?) |
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「夫へ」 48歳 女性
私の夫はまじめで地味な普通のサラリーマンというタイプの人である。結婚して15年になる。 ある日のこと。夫の背広をクリーニングに出そうとしたときのことである。ポケットをさぐるとはんこが出てきた。 ずいぶん古びてちっぽけなそのはんこ。夫の姿と妙にだぶった。 結婚してすぐ子供ができたので、若かった私は子育てに必死で今まであまり主人に目を向けてあげられなかった気がする。 それでも特に文句を言う訳でもなく、賭け事もせず、衣服だって量販店のものでいいと言う。 そこで、夫にはんこをプレゼントしようと思いついた。 いざという時 頼りになる、夫によく似たはんこを・・・ |
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「自身の表れ」 36歳 男性
先日、友人の絵手紙サークルの個展に行ったときのことである。 私に絵のことはよくわからないが、妙に目に入ったのは それぞれの絵に押されていた落款であった。 ひらがなのものや読めないような漢字のものなどさまざまで こんなものにも個性があるものなのだと興味を持って見ていた。 今までなんとも思わなかったがはんこって意外にその人を表すものなんだということ に気づいた。 それと同時に三文判を使っているのがものすごく恥ずかしくなった。 そして次の日、少し奮発して印鑑をオーダーした。 |
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「お守りハンコ」 30歳 まゆみ
私は、小学3年生のころからバレーボールをしていた。 地元にバレーボールの強い高校がなかったので中学を卒業してすぐ家を出ることに なった。 両親は何も言わず「頑張れ」とだけ言い、私を送り出してくれた。 そしてその時持たせてくれたのが、「まゆみ」と彫られた印鑑だった。 ジーンと両親の気持ちが伝わってきた気がしたのを覚えている。 試合の時も受験の時も就職の面接の時も大事な時にはいつもその印鑑を持っていっ た。 あれから結局両親のもとで暮らすことなく15年が経ったが、今もその印鑑は両親の思 いと共に私のお守りとなっている。
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「はじめの一歩」 24歳 男性
就職が決まって念願の一人暮らしをすることになった。 アパートの契約書をもって不動産屋に行った時のことである。 保証人欄を見て、担当者に「お父様のはんこ、すごく綺麗におされてますね。お人柄 が目に浮かびます。こういう仕事しておりますと、いろんな方がおられて・・・結構 気になるものなんです。」と言われた。 今まではんこの押し方なんて気にしたこともなかったし、僕が使っていたはんこは、 高校を卒業する時にもらった三文判で しかも、ふちが欠けていた。 一人前になったつもりだったのが、少し恥ずかしくなった。 そして僕ははんこを新調した。 社会人としての新たな出発である。 |
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「実印について」 むーむ 男性
新しい会社発足の為に、実印が必要で作ることにした。 恥ずかしながら、今まで使っていたものは認印と兼用だった。 ある日、予算もない為、通販の一番安いはんこを購入しようとした。 僕の中では、「何でもいいだろう。」と深く考えてはいなかったからだ。 妻が言った。「そのはんこで、将来が決まるかもよ・・・」と。 値段ではないと思いながら、頭の中で妻の言葉が駆け巡った。 その次の日、僕は見栄を張ってしまった。 |
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「大人の責任」 42歳 男性
高校を卒業したら地元を離れ、東京に行きたいと両親に告げた。 ずっとやりたかったデザインの勉強をするため、先輩のいるデザイン会社に入ること が目的だった。 両親は、きちんと大学を出てからにしてくれと猛反対。 それでも私の意志は変わらなかった。 ある日、父から黒い皮のケースに入った印鑑を手渡された。 「これを持つということは、責任ある大人になるということだ」 以来、その印鑑を使うたびに父を思う。 アパートを借りる時、車を買う時、結婚の時、子供を学校に入れる時、家を建てる時・・・。 あらゆる人生の節目には、いつもその印鑑があった。
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「女にとって・・・」 29歳 昌子
その日は、朝から主人と大喧嘩。離婚するとかしないとか、さんざん大声で ののしりあったあと、私は女の切り札である「実家に帰らせて頂きます。」を主人に告げた。 「勝手にしろ」と言い残し、会社へ出かけた主人。家の中は、やっと普通の朝の静寂を取り戻した。 しかしながら興奮さめやらぬ私は、そのまま荷物をまとめ出す。着替え、お金、通帳、写真・・・ かばんに粗雑に詰め込んでいると、ぽとりと通帳のハンコが床におちた。 そのハンコは、私が嫁ぐときに父親が渡してくれたハンコだった。 急に、その頃の気持ちがよみがえる。主人の苗字が彫ってあり、無言で結納の後に渡されたのだ。 私は好きな人と同じ苗字になる事が、嬉しくってそのハンコを見てすごく喜んだのを覚えている。 父親は、はしゃぐ私を、どんな気持ちで見ていたのだろう。 ハンコを通じて、「帰ってくるな」と言われてるような気がして、泣きながらまたかばんの荷物を タンスにもどした。
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「おじい」 20歳 こりん
先日、念願の一人暮しを始めた。 親の反対を押し切ってやっと、ゲットした自由だ!(大げさ?) 車の購入も考えていて、なけなしの貯金を引き出し、残りのローンに使う実印は、 適当なハンコでいいやと思っていたので、久しぶりの実家へ行きました。 「あーなんで日本には印鑑なんていう煩わしいもんがあるのよ」とかブツブツ言いながら、 押し入れをごそごそしている私に、母親が無言で渡してくれた小さな箱。 「んんっ?なんか見覚えがあるな」と思いながら開けた箱の中には、りっぱな印鑑が・・・。 ・・・・あっ思い出した! 成人式の時におじいちゃんからもらったハンコだ。 その時はあまりピンと来なくて、ほったらかしにしていたのを母親が保管してくれてたらしい。 「あっち(私のマンション)に持って行きなさい」と言い残し、スタスタと再び母は台所へ。 お仏壇にはおじいちゃんの写真。おじいちゃんの写真は、心なしかニヤリと笑っている。 立ち尽くす私。 「ごめんね、おじい。ありがとう。」 えーんっ。もうホームシックになっちゃった。
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「♪愛のしるし」 25歳 みーこ
結婚して私が一番初めにしたかったことは「印鑑を作ること」である。 何よりもこれが、大好きな人と同じ姓になったことの証という気がしたからだ。 待ってましたとばかりに、入籍してすぐに新しい印鑑を作った。 嬉しいことに結婚後の手続きなどには、とにかくよく印鑑を使う。 印鑑を押すのってこんなに楽しかったっけ?と思えるほどであった。 そして今日も、宅配便の受け取りに印鑑を押す手が軽やかだ。
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「親父のけっこう長い日」 48歳 男性
そもそも私は口下手で、思っていることがあってもなかなか言えない。 子供に対してでも、妻にまかせっきりであった。 もちろん子供の教育に関心がなかったわけではない。 まだまだ子供だと思っていた息子が、就職のため家を離れることになった。 さすがに父親として一言 言っておかなければと一晩悩んだ。 出発の日。息子に印鑑を手渡した。 「しっかりやれよ」やっとの思いで出た言葉。 「ありがとう」 たったこれだけの会話だったが、男同志通じ合った気がした。
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